先週帰省した際に、父が肺がん(おそらく末期)になっていることがわかり、入院となりました。
幼いときに、母親も祖父母も亡くしているので、残されたのはわたし(32)と姉(35)のみです。
そして姉は、生まれてこのかた一度も働いたことがない、引きこもりのニート。
ここでは、親の病が発覚してからこの1週間で、わたしがやったこと・学んだこと・伝えたいことをつづります。
この記事が、いつか誰かの役にたったり、あなたの行動を変えるきっかけになれば幸いです。
目次
家庭と現状について
つい先週のこと。
季節労働という職業柄、半年に1度のペースで実家に帰省しているわたし。
今冬シーズンも無事に北海道での仕事を終え、5月に新潟の実家に帰省しました。
いつも通り父に迎えに来てもらい、帰宅したのですが、どうも父親の様子がおかしい。
全力疾走した後のように呼吸が荒く、ずっと激しい咳をしているのです。
「体どこか悪いの?」とたずねると、
「うん。」と思いつめたような表情で答える父。
話を聞くと、2月に体調を崩し、それからずっと体調が治らずに悪化する一方だったそう。
日に日に悪化していくので、これは単なる風邪ではないと思ったものの、家族に心配をかけるのが嫌で無理をし、病院にも行っていないようでした。
ニートの姉は実家暮らしですが、挫折して大学を中退して以来、父とのコミュニケーションはほぼ取らなくなりました。
そのため、父が体調を崩していることも、なんとなく気づいていても何もしなかったのです。
「もう少し早く帰ってきていれば」
後悔していても仕方がないので、わたしは急いで病院の予約を取りました。
最初にレントゲン・CT写真を見たときは、衝撃でした。
肺全体が見事にまっ白だったのです。
CTでは、肺全体に穴のような悪性腫瘍が転移しており、見ているだけでも呼吸が苦しくなるような写真でした。
「どうりで呼吸がしんどそうなわけだ…」と、誰がみてもわかるほど、痛々しい画像だったのです。
ちなみに父(69)は、30代まで一日20本ほどタバコを吸っていましたが、それ以降はやめています。
(当時では喫煙があたり前でしたから、無理もありません。)
お酒も50歳ほどでやめており、高カロリーの食べものも元々取らないので、一般的に考えると特別不健康な生活をしていたわけではありませんでした。
また、父方はがん家系ですが、若年発症などでない限り、遺伝はそれほど関係ないと言われています。
検査結果がでるまでなんとも言えませんが、他の臓器から転移してきた可能性も考えられます。
この1週間でやった事
それでは、この1週間でわたしがやったことを説明します。
ちなみに現状としては、がん検査で父は入院をしており、検査結果まちの段階です。
- 病院の予約・検診
- 親の意向をきく
- 職場に連絡
- 姉の就職活動
- 定期預金の解約
- 入院手続き
- 親戚・ご近所などに連絡
- 相続や手続きの勉強
- 断捨離
以下、一部の詳細についてお伝えします。
親の意向をきく
相続や死後の話はしづらいものですが、状況が状況であるため、すぐに父からその話をされました。
- 遺産相続はどうするか
- 実家(築51年)の処分
- 病院・治療法の希望
- 葬式の形式
- お墓の管理
弱っている父と、本人の死について話し合うのは辛かったですが、不安にさせないように涙をグッとこらえながら聴きました。
家庭の事情もあり、相続や各種手続きはすべてわたし一人で見ることに。
32歳にして相続を担うことになるとは思いませんでしたが、逆にずっと話し合いたかったことでもあるので、若くしてちゃんと話せてよかったと思っています。
また、治療に関しても、ヘタに延命治療して苦しむくらいなら、緩和治療でラクに逝きたいとのことでした。
これに関してはわたしも大賛成で、「生きているのがしんどいなら、寿命なんて伸ばしたくないよね」と自然に話すことができました。
職場に連絡
不幸中の幸いか、ここ数年わたしは非正規雇用の季節労働をしているため、一般的な会社員にくらべると職場の融通がききます。
本来は月末から秋まで、鹿児島で働く予定だったのですが、職場に事情を話したところ、いざというときはすぐに実家に駆けつけられそうです。
もしあなたが会社員であれば、いざというとき有給消化が使って対応を図ることもできます。
姉の就職活動
先述したとおり、姉(35)は大学を中退してから、一度も就職したことがありません。
学校のみならず、自動車学校も途中でやめるなど、何をやっても途中で投げてしまうタイプの人間です。
父も何度かハローワークに行くように言いましたが、すぐに逃げ、親の貯金で好きに生活をしていました。
でも今は、そんなことをしていられる状況ではありません。
わたしも長年の間、姉の行動にうんざりして口もきいていませんでした。
しかし、姉に泣きながら状況を説明し、一刻も早く就職して欲しいと伝えると、姉もやっと協力する姿勢を見せてくれたのです。
- 一緒にハローワークに通う
- 就職できそうな職場を探す
- 履歴書の作成を手伝う
- 面接の応募
- マイナンバー等のID発行
- 銀行口座の開設・資金管理
- 今後の目標・やる事リスト作成
- 社会の常識・マナーを教える
- 家のことの役割分担をする
父が倒れるまでは、姉には嫌悪感と怒りしかなく、将来は絶縁するものだと思っていました。
幼い頃に母を亡くして以来、消防士をしながら一人で娘2人を育ててきた父に、恩返しどころか貯金を使って好き放題してきたのですから。
でも今、わたしたちが最優先すべきは、父に少しでも安心してもらえるようになること。
やることが山ほどある中で、わたしは「姉を自立させる」ことがまず最優先だと思いました。
キャパシティが人一倍せまく、打たれ弱い彼女。
あまり詰め込みすぎて、彼女がまた挫折してしまったら、家族全員が崩れてしまいます。
そうならないよう、やってもらう内容やペース、言葉づかいに慎重になりながら、必死に今サポートしています。
数日後に人生はじめての面接に行ってもらうのですが、少しでも早く就職できることを、心から祈っています。
定期預金の解約
父がずっと、定期預金や学資保険で積立てをしてくれていたようで、今のうちに引きおとすように言われました。
郵便局にいって、それぞれを解約し、既存の普通口座のほうにまとめて資金を移動してもらいました。
定期預金や貸金庫・保険などの情報は、親が元気なうちに確認しておいた方がよいでしょう。
親戚・近所などに連絡
親戚などの身近な人だけでなく、以下にも連絡しました。
- 菩提寺(毎月の供養のストップ)
- 新聞社(購読の停止)
- その他の定期サービス
今後、水道光熱費やテレビの料金、車の名義変更なども出てくると思いますが、現時点でストップする必要があるものから連絡しています。
相続や手続きの勉強
これに関しては、早めに勉強しておいた方がいいに越したことはありません。
本だけでなく、検索すればいろいろな方のブログやYouTubeを参考にすることができます。
(普段は電子書籍なのですが、)すぐ手にとって見れるようにするためと、姉と共有するためにも、こちらの本を購入しました。
必要な手続きが全て載っているので、これからかなり役に立ちそうです。
学んだこと
親孝行したいときに親はなし
これは有名な言葉ですが、やはりそうは思っていても、誰しもができないのが親孝行。
わたしも「いつか」と思っている間に、父が倒れるという事態に。
本当は「結婚して、孫の顔が見せられたら」とも思っていましたが、今はそれどころではありません。
立つことさえも苦しいような病体ですから、どこかに連れて行ってあげることも、美味しい食べものをごちそうすることさえも出来なくなってしまったのです。
親孝行は、親の寿命だけの問題でなく、本人が健康であってこそできることです。
せめてそばに居れたらと思いますが、コロナ禍で病床がひっ迫している今、面会の制限もあり、お見舞いにさえもいけない状況。
こんな状況の中では、家の管理をしたり、姉の就職を手伝ったりすることが、わたしができる小さな親孝行なのかなと思います。
大切なひとの苦しみを見るつらさ
少し前までは元気だった父が、急に弱って痩せ細り、苦しそうに呼吸をしているのを見続けるのは、本当に辛いです。
父に心配をかけないためにも、泣かないように常に我慢していましたが、やはり限界がきて涙を流しながら話すこともありました。
また、一度も涙を見せたことのなかった父が、主治医の先生からレントゲン結果を聴いている時に涙を流すのを見て、本当に心が痛みました。
「なんでもっとそばにいてあげられなかったんだろう」
そう思ってつい、自分をせめてしまいます。
日常生活のありがたさ
事故や病気など、想定外の事態が起きたときほど、日常生活のありがたみを感じることはありません。
- 健康である
- 仕事に行ける
- 趣味を楽しめる
- お金に心配がない
- 時間を好きに使える
ここ数年ずっと、仕事と趣味を両立させながら、自由な生活をしてきたため、日常生活が送れるということは本当に恵まれていることなのだと、改めて実感させられました。
疎遠の恐ろしさ
もしあなたが、家族と仲がよくて、頻繁に連絡をとったり一緒に時間を過ごせているのであれば、とても恵まれていると思います。
わたしは基本的に、仕事で実家を離れており、半年に一回ほどしか帰省しません。
父もメールや電話をたくさんするようなタイプではないので、特に用事がなければ連絡はとっていませんでした。
もちろん姉は、父・わたしともに口をきいていなかったので、完全に疎遠に。
もっと家族内でコミュニケーションがとれていれば、こんなことにはならなかったのにと、仕方がなかったとはいえ、悔いても悔みきれません。
家族がいる素晴らしさ
こんな状況になって、初めて姉がいることの大切さに気づかされました。
今までは、姉のことが唯一の悩みで、夢に見るほど精神的ストレスとなっていました。
しかし今回復縁したことで、普通に仲良く話したり、出かけたりできるようになり、本当によかったと思っています。
相続や公的手続きは、自分ひとりでやらなければならないものの、姉が協力してくれるおかげで、気持ちもだいぶ楽です。
また、姉の協力のおかげで、来週から予定通り仕事をすることができるようになりました。
検査結果次第でまた、今後の動きは大きく変わってきますが、どちらにしろ姉なしではすでに心が折れていたことでしょう。
今では一緒に姉の就活をしながら、気分転換に実家の断捨離を楽しんでいます。
伝えたいこと
日常は約束されていない
人間誰しもが、都合の悪いことからは目を背け、他人ごとにしてしまうものです。
わたしもそうでした。
父はいつまでも健康で、平均寿命くらいまで生きると信じていました。
事故や病気は、あなたの両親だけでなく、子ども・友人・そしてあなた自身にも起こりえることです。
- 家族の面倒は誰が見るか
- 万が一の医療費は用意できるか
- 相続や家の引き継ぎはどうするか
どんな事態が起こったとしても、いつでも冷静に対応できるよう、余裕があるときこそ考えておきましょう。
やりたいことは今すぐに
もしあなたが、ずっとやって見たいことがあるのであれば、今すぐやってください。
親孝行だけでなく、旅・ワーホリ・留学・趣味、なんでもです。
わたしは、世界一周やワーホリを、やれる時にやっておいて本当によかったと、これほど感じたことはありません。
事故や病気・失業・世界情勢・戦争など、「夢を諦めなければならなくなる出来事」は、ある日突然きます。
後悔のない人生にするためにも、あなたに夢があるのであれば、全力で追いかけてください。
今のわたしだからこそ、本気で言えます。
最後に
この記事を読んで、いろいろ思われた方も多いと思います。
「なんでもっと早く病院に行かなかったの?」
「ニートの家族を放置するなんて無責任だ」
でも、「まさかの事態」が起きるなんて誰も予期していませんし、起きてしまったことを悔いてもどうにもなりません。
わたしは、こんな絶望的な状況でも、少しでもポジティブに考えるようにしています。
もっと遅くになっていたら、姉の社会復帰は無理だったでしょうし、歳をとってからの家の片付けは、精神的にも肉体的にもくるものです。
また、コロナ禍で病床が残っていない中、病院側の理解もあり、優先的に入院をさせていただいたことは、本当にありがたいと思っています。
今は、いろいろな方(同じような状況・闘病中の方など)のブログを見て元気をもらいながら、出来ることを少しずつこなして行っています。
父の検査結果がどうなるかはわかりませんが、その覚悟は出来ました。
またこの先のことも、後日報告させていただこうと思います。
そしてこのわたしの経験が、いつか誰かの役にたてばと、心から願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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